国民的年下彼氏という偶像

現在就活中である。

にもかかわらず二日続けて更新しているのは、単に暇だからでも余裕ぶっこいてるからでもなく、なんとなく病んでいるから。とりあえず、やる気がでない。

この先の自分の人生を今決めるって無理じゃない?未来の自分の為に頑張れるタイプではある(過去の自分に感謝して生きてきてるから)けど、何をどう決めればいいのかわからん。

となると、なんとなく浮上してくる案が結婚してしまうになるし、就活する女の子の大概は一度は「就活やめて婚活しようかな…」とか考えると思う。婚活の方が大変なのはとっくに痛いくらいわかってはいるけれども。

わたしは明らかに家庭に入って専業主婦になるのは向いていないとわかっているから、旦那さんの帰りをしとやかに待つよりも旦那さんにわたしの帰りを待っていてほしい。「ガール」のヒロくんの結婚したい*1と割と本気で思っている。

 

去年、おととしもサークルの関係で、それなりというか、かなり忙しい日々を送っていた。去年はまだましだったけど、おととしは本当に忙しかった。

そんな時にだいたい考えるのが、自担が家で待っていてくれないかなっていう願望(妄想とも言う)で、もしそれがなかったらわたしは多分帰り道泣きながら帰ることがもっと多かったと思う。7時に起きて、1時に帰ってくるの異常すぎる。好きだったからできたことだけど。

だいたいメンタルつらいときはおなかがすいているときか眠いときだってことを学んでからはだいぶマシになったが、移動時間がきつかったので、そこをどう乗り越えるかが大事。

その時はだいたい自担とつきあってる妄想をして乗り切っていた。そうすると半分寝ながらでも足がちゃんと前に出るよ。

 

はじめはただ自担だからっていうそれだけだったんだけど、よくよく考えてみたら、自担の彼氏力すごくない…?ってことに気が付いた。

 

そもそも、環境が悪すぎた。

A.B.C-Zというグループの年齢構成は五関様(31)戸塚くん(30)塚ちゃん(30)ふみと(29)はしもとくん(23)である。23歳。ミニマム6歳下マックス8歳下。最年少。甘やかされて当然*2のポジションにいる。

今更であるが、A.B.C-ZはもともとA.B.Cとして歳上の4人が長く続けていたグループだった。2008年、Hey!Say!JUMPのデビュー後にHey!Say!JUMPに入れなかった*3はしもとくんは、のちに戸塚くんが語るには「それまで額縁だったA.B.Cにはっしーが入って絵が完成した」(ニュアンス)となるほどのA.B.C-Zのセンターになった。

もちろん、彼自身の努力やメンバーの努力もあってこその今だ。ファンもとまどったと思う。彼の「みんなにできることがオレにできないはずがない」精神で乗り越えてきたからこそ今のA.B.C-Zがある。もとをただせばおねえ*4に鍛えられた橋本くんの精神性が根底にはある気がする。

もともと彼自身の性質も、負けず嫌い/人の懐に入るのが上手い*5/気分の浮き沈みが激しい*6/頭が弱い*7などなど枚挙にいとまがないほど、最年少としての愛され力は高い。

しかも、当時はっしーは料理好きを公言していた。部屋のリメイクを自分でするということもさまざまな媒体で公言していた。つまり、生活感のある情報が非常に多かった。

これは妄想しろってことかな?

というレベルだったので、お言葉に甘えて妄想していた。

 

1. 家パターン

これは帰りの夜道で考えるパターン。早く家に帰りたいけど、家に帰ってもろくなことがない現実から逃避するため。

同棲か半同棲してる設定が多かった。その場合のはしもとくんがアイドルであったかどうかは記憶にないが、多分アイドルだったと思う。

その中でははしもとくんは全く忙しくない(オイ)アイドルだったので、基本的には18時くらいには帰宅している設定だった。わたしはだいたい23時~1時頃に帰宅することが多かったので、それを待っている。(あくまで私の中での設定。)

当時、本当に毎日忙しくて、帰宅してからも作業をすることが多く、部屋が散らかり放題だった。ので、家事は全部お任せしたい。

はしもとくんは部屋をリメイクしたりするほどこだわりがあるので、掃除なんかは完璧にやってくれる。床に座るのを汚いと言うくらいだから完璧なはず。

料理もYouTubeを見ながら勉強している。ここの年下彼氏感すごくない?ポイント高くない?イマドキ感がものすごくて、リアリティーがあって最高。なのでもちろん作っておいてくれる。得意料理はオムライスと餃子っていうところも最高。

イメージとしては君はペットのモモ(松潤)が近い。というかほぼアレ。大型わんこ。

玄関開けたとたんに、「おかえり~!今日も遅かったね…待ってたんだよ…」「カバンかして!もってあげる!」「ごはん作ったんだけど食べるよね?オレがんばったんだよ?」「あ、それとも先にお風呂入っちゃう?」「眠い?疲れてる?はい!ここ座って!」ってはじまってほしい。

作業してる横で「寝ないの?早く寝た方がいいよ…」「最近全然かまってくれないじゃん…」*8「一緒に寝よ?」とか言われたい。

お風呂上り*9はソファでいちゃいちゃしながら映画とか見て、はしもとくんに作ってもらったココア飲みたい。

不思議と家で朝パターンはない。朝起きたら戦闘開始だから妄想してる暇ない。

 

2. デートパターン

これは行きの電車とかで妄想するパターン。このままどこかへ行ってしまいたいという願望に基づいていた。

はしもとくんとのデートは、向こうが全部やってくれて楽そうという割とひどい設定で話が進んでいた。当時の忙しさがよくわかる設定。

だいたいドライブデートで、家まで迎えに来てもらって、江の島とか鎌倉とかの海岸沿いを走っていた。なので、わたしはただ座席に座って、窓の外を眺めながら、はしもとくんがBGMでかかっているジャニーズソングを口ずさむのを聞くだけという、当時の忙しさがよくわかる内容になっていた。

車内BGMは夏うたが多いイメージ。KinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」「夏の王様」「ね、がんばるよ。」や嵐の「Still...」「ROCK YOU」「風」(というかTime)とかNEWSの「渚のお姉サマー」「エンドレス・サマー」など。ジャニーズなつうたプレイリストを作るのが夢なほどなつうた好き。サザンオールスターズもTUBEも好き。

当時のわたしのTwitterの下書きが残っているんだが、「行き先はわからないままスタートする」「海を眺めながら、特に何もしゃべらずぼーっとしたい」「運転してる横顔を盗み見たい」「それがバレてなにみてんだよってちょっと照れてほしい」「疲れたらまたデートつれてってあげるって言って別れる」など迷走していた。当時の忙しさがよくわかる迷走っぷり。

ここで大事なのは、あまりに現実離れしたデートコース・内容ではなく、あくまでそこらへんのカップルでもしないくらい現実味があることが大事。

 

はしもとくんの国民的年下彼氏感がすごい理由は、現実味があるということである。

アイドルを生活感がある/なしで分け、さらにそこにプラスの感情をもつか/マイナスの感情を持つかで、全部で4パターンに分けられると思う。

例えばKinKi Kids堂本光一さんなんかは完全に生活感がない+最高というふうになる。

はしもとくんは生活感がある+最高という形になるのだ。みんな自担が宇宙で一番かわいいので、生活感があることに対して割とプラスの感情を持つと思うが、彼の生活感のリアリティーは他とはちょっと違うレベルなのだ。

例えるなら、明日入った居酒屋で、隣のテーブルが頼んだお酒が店員さんのミスで自分の卓に届いてしまい、とまどっていたところ「すみません、それ多分こっちのです」ってちょっと申し訳なさそうに笑ったその人がはしもとくんでも全然おかしくないってくらい、ちょっとおかしいレベルの距離感でリアリティーがあるのだ。

 

ちなみにわたしははしもとくんに対してリア恋枠で恋をしているわけではない。こんだけ妄想しといて何言ってんだって感じではあるが、リア恋枠に限りなく近いだけで、いざ本当に付き合える環境になっても付き合ったりはしないと思う。

でも彼はその笑顔や人懐っこさや時々すねるところや、ふと男の子になるところなど、典型的な弟タイプのスーパーイケメンで、歌が上手くて料理ができる、すきなものやことのためならいくらでもがんばれる、ごくふつうの男の子が、ジャニーズでアイドルをやっている。わたしたちの世界に住む一人の人間がアイドルという職業を選んだ、という事実を見させてくれる人なのだ。

 

正直、A.B.C-Zに対してもやもやすることもある。それはどのグループを応援していたって通る、仕方のない道だと思う。

2年連続でサマパラでソロコンサートをやらせてもらい、さらに国民的年下彼氏のすばらしさを痛感すると同時に、もやっとすることもあった。激やせしたり、ラジオでメンバーに対する不満を本人のいない所で言うのは社会人としてどうなんだと思うこともあった。明らかにやる気のないダンスや不機嫌が見て取れるような態度も好きじゃない。やっぱり自担にはいつでもかっこよく、プロとして完璧を求めたくなってしまうのがファンだと思う。

多分それはこれからも変わらないと思う。売れたからといってもやっとすることがなくなるわけではないから。

でも、彼はわたしたちと同じ世界線に住む、アイドルという職業を選んだ一人の青年なんだという事実がある限り、わたしは彼が完璧ではなくてもきっと幻滅したりはしないと思う。手を抜いていいとはまったく思わないけど、彼と同じ感覚で生きていきたい。

 

最近はTwitterでもさんざんつぶやいているように、KinKi Kidsに浮気ぎみなので、堂本さんたちを見ていて新しいアイドルのあり方を見られて楽しいし、嵐もこういう目で見るとまた違って見えるのかもしれないから、まだまだヲタをやめられないなと再確認した。ヲタは最高に楽しい。

遅れに遅れてMyojoを買ってきて、はっしーの一万字を今すぐ読みたいけど、ES締切が近いからES終わったら読みます…

*1:奥田英朗の小説。実写映画では上地雄輔が演じていた。ヒモではない

*2:バラエティなどにおけるキャラ的な話ね。中居パイセンもおっしゃっていた。

*3:と本人が言っている。事実、ジュニア時代にJ.J.Expressで一緒だったメンバーのほとんどはHey!Say!JUMPとしてデビューしている。

*4:元五関様担。とてもこわい。ただしヲタとして尊敬に値する。

*5:関ジャニ渋谷すばるさんと初対面で親友宣言をするなど

*6:機嫌のいいときとわるいときの差がある。色々ある。期限が悪いときはむすっとしていて、それはそれでかわいいけど、ちょっと複雑でもある。

*7:漢字書けない。なんならカタカナも書けない。ツとシがごっちゃ。ハッツーとかハシシーとかハシツーとか。言葉も知らない。

*8:わたし的リアルで言われると地雷な言葉ランキング上位

*9:実際風呂なんてシャワーあびて適当に洗うくらいだったけど、ちゃんとおふろにつかってる設定。リアルでやっていないことをバーチャルでやって満足する光一さんタイプの思考回路を発動させる。

同じ地球に生まれたの ミラクル・ロマンス

何故わたしはこの年度末の雨の日に、ブログなんて開設しているのだろうか。

現在就活真っ只中で、まったく暇ではないというのに。

しかもPCはWindows7の不調により、現在Windows10をダウンロード中である。

 

 

突然だが、わたしのモットー「好きなことは多い方が人生楽しい」というのがあって、それに見合うようにわたしは本当に好きなものが多い。

B型の好きこそものの上手なれを体現している気がする。(ちがうか)

 

 

小学校は自分で言うのもなんだが、いわゆる名門私立小学校に通っていた。

小学生なのに毎朝5時には起きていて、毎日勉強ばかりして、1時間半の通学時間では本ばかり読む、いやな小学生だった。

長女なのもあって、早く大人になりたい、大人の世界が知りたいという好奇心が多分他の子どもよりも強かったのではないかと思う。(ちなみに今でもあまり変わってない)

当時特に好きだったのはミステリー小説だった(今でも好き。最近読んだのでは青崎有吾先生の体育館の殺人が面白かった。オススメ)ので、余計な知識はバンバン身について行った。いじめがある環境のせいか、人間関係をずるがしこく乗り切る知恵もついてしまった。(ここらへんは気が向いたら書きます)

でも本当に本は大好きで、新しい知識を得るのが好きだった。もともと知的好奇心が強い、なんでも知りたいタイプだったのに加えて、読む本がなくなると説明書を読むような活字中毒の症状も発生した。

しかもこのころは親の教育方針で、テレビや映画を見れなかったので、エンタメにはまったく疎く、音楽などもほとんど知識がなかった。

テレビを見ていたのは幼稚園の頃くらいで、その頃はセーラームーンおジャ魔女どれみ(世代バレる)、モーニング娘。などが好きだった。ラブマシーンのダンス踊れた。

その後、付属の私立中学には進まず、地元の公立の中学に進んだ。

ここでわたしは小学校6年間、まったくと言っていいほど触れてこなかったサブカルというものに出会ってしまった。わたしが生まれた瞬間である。

 

最初に仲良くなった子がマンガが好きな子で、少女漫画から少年漫画まで色々と紹介してくれたり、貸してくれたりした。(小学生のころりぼんは買ってた記憶がある)

最初に貸してくれたのがDグレっていうあたり、わたしの友達運最強だった感がすごい。その後も次々に漫画を与えられ、沼に引きずり込まれた。

漫画の沼にはまると次に待っているのがアニメの沼である。当然っちゃ当然。当然なので、当然アニメの沼にもはまった。名探偵コナンのアニメとか一時期はまりすぎてやばかった。恋はスリルショックサスペンス。

中学1年のころはそんな感じだった。あと親の気まぐれで家にWiiが導入されてからはゲームにもはまっていた。スマブラとかマリオカートとか。

はまると気持ち悪いくらい一日中そのことしか考えられなくなる中毒にかかりやすい人間だった(今はまだましになった)ので、ゲームがやりたいがために誰よりも教室をさっさと出ていくような中学生だった。不適合みがする。

 

多分アニメの沼が案外広がらなかったせいで、ちょっと暇になった中学生のわたしはドラマを見るようになった。そこで運命の出会いがあった。

2008年夏クールTBS「魔王」である。

ドラマ自体はミステリーものの割とドロドロしたドラマだったのだが、問題は主題歌である。当時、上り調子ではあったがまさにちょうど加速し始めたあたりだった嵐の「Truth」である。

嵐自体はさすがに知っていたし、なんなら花男(多分リアルタイムで見てたのはリターンズだったはず。再放送とかかもしれないけど)とかふつうに好きだった。(道明寺派?花沢類派?というやりとり懐かしい。光一派?剛派?と同じでどちらでもないというのは許されない。正直わたしは西園寺さん派だったので微妙な空気になることもあった苦い思い出)

じゃあなんで今更嵐に出会ったことがそんなに大事なのかというと、問題はPVだった。

これまた友達運最強だったわたしは、クラスの友達に魔王を見ていることを話してしまったせいで、嵐ファンに目をつけられ、家に招待され、PVを見せられた。

しかし嵐5人を個々人で把握しているわけではなく、当時顔と名前が一致していたのは、魔王に出ていた大野さんと花男に出ていた松潤だけだったので、その二人を中心に見ているとどうも視界に移りこんでくる人がいたのだ。

それが後の自担、わたしがジャニーズに年貢を納めるきっかけを作った櫻井翔さんだった。

一言でいえばひとめぼれ、ただの顔担である。しかしそこから怒涛の嵐沼落ち生活が始まったのである。

まず学校に行っている以外は一日中TruthのPVを見続けた。親にいい加減にしてくれと言われても見続けた。しかもおんなじ所何回も繰り返したりした。(あるある。そういう意味でVine画期的だった。)

それから嵐の宿題くんひみつの嵐ちゃんVS嵐(まだ昼の30分番組だった頃)をすすめられ、嵐のコンサートのDVD(しかもTimeという良作of良作。Hip Pop Boogieが入ってるのが本当によくなかった。ソファ最高。)を見せられ、CDは何を借りたらいい、カラオケに連れていかれるなどぐんぐん引きずり込まれた。環境が悪かった。

決定的に私が嵐を応援していくと決めたのはAAAの物販に行ったときだと思う。いきなり行ったコンサートの物販が国立競技場って頭おかしい。

なにをしたわけでもないのだが、すごく楽しかったのを覚えている。嵐が好きな友達4人で朝早くに集まって、電車で国立競技場まで行って、あの駐車場で何時間もただ突っ立って並んでいたのが。確か後ろに並んでいた大学生くらいのお姉さんが話しかけてくれてなにやらしゃべったのも覚えている。

多分あの空間、ワクワクに満ちた空間がたまらなく好きだった。そこに集まる人みんなが同じものが好きで、うちわの写真はどんなかとかポスターもう一枚買っちゃおうかなとか、ワクワクと好きしかない瞬間を共有しているという喜びを初めて味わった気がした。

残念ながらコンサートにはいけなかったのだが、そこから嵐はぐんぐん上り調子で売れていった。シングルを毎月出したり、WS含めれば本当にテレビで嵐を見ない日はないといってもおかしくないくらいになった。ドラマも映画もいっぱいやったし、冠番組がゴールデンタイムに変わった。FCにも入った。(ちなみに嵐のコンサートには一度も行けていない。本当に当たらない。)

 

その後受験やなにやらも経て、私の嵐ブームは君と僕のみている風景でピークに達した。その頃になればメンバー一人ひとりのパーソナリティもそれなりに把握していたし、メンバー同士の関係性や役割分担などもわかっていた。しかし私の嵐ブームは一度ここでお休みになる。

高校に入って吹奏楽部に入部し、ピアノが弾けたことからバンドにスカウトされ、しばらくは音楽漬けの日々を送りはじめた。その頃、V系のコピバンに入っていたことから、L'Arc~en~Cielという、これまたものすごい沼に手を出してしまった。

何度も申し訳ないが友達運最強なので、部活の友達でラルクが好きな子がいて、その子からCDを大量に借りて聞きまくった。ヘッドフォンも買ってしまった。ちなみにイヤホンとじゃ違う曲に聞こえる最高。

このあとずぶずぶとV系の沼にはまったり、吹奏楽ガチ勢になったり、クラシックにはまったりもするし、漫画・アニメブーム再熱したり、古い洋画ブーム来たり、まさかの西洋絵画ブームとか海外ドラマブームとか洋楽ブームとか本当にいろんなものが来ては去ってく生活を送っていた。この時きた日本史ブーム(唯一まとも)のせいで、文学部なぞに入ってしまった。(多分他にもいろんなブームきてる。哲学ブームもあったし、経済ブームもあった。数学ブームもあったし、パンケーキブームとか、英語ブームとか、当時付き合っていた人のせいで一時期ガンダムブームにもなった。すぐ冷めたけど。)

 

この高校時代、今思えばすごく充実していたし、人間的に成長したのは間違いなくこの時期だったって思うけど、いかんせん人間的な成長にかまけていたおかげで、勉強を全くしていなかった。というか、なんなら学校にもあんまり行ってない。親もこのころになると成績さえ維持していればなにも言わなかったので、普段は興味のあることを吸収して、テスト前は話しかけられないと友達に言われるくらい勉強していた。

で、色々あって、長い受験生活も終わり、晴れて大学に入ったが、そのころエンタメ・サブカルから遠ざかりすぎて、世の中の動きについていけていなかった。受験期に見ていたテレビはZIPと大河ドラマだけだった。本当に極端なまでの直列思考回路である。

 

そして大学でも友達運最強を発揮し、初めてザ少年倶楽部を見た。第二の運命の出会いである。

今も第二の運命の出会いにはじまったジャニーズブームは続いている。

一回目の運命の出会いと大きく違うのは、その時好きだったのは「嵐」だったということである。嵐がジャニーズ事務所に所属していることを意識するのはカウコンくらいだった。嵐というグループがいわゆるジャニーズの伝統的な道とは違う、メディア路線のグループだったというのも原因の一つだと思う。他のジャニーズのグループのことは全然知らなかったし、ジュニアなんて視界にも入っていなかった。(ごめん)

第二の運命の出会いで出会ったのが、A.B.C-Zだった。そのせいで、どんどんジャニーズという伝統にはまっていった。今もはまっている。これは多分さかのぼりきれないし、更新され続けていくので、多分一生たどり着くことはできないと思う。

第二の運命の出会いはもう3年くらい前のことで、自分である程度お金を稼げていることもあり、中学生の時のお茶の間担レベルの応援からは各段にステップアップした。大学生だから、平日割と自由に時間を確保できることも大きかったと思う。

その結果、担降りを宣言したり、自担が週刊誌に載ったり、色々した。ヲタってまだまだ色々できることあったんだなぁとしみじみしている。楽しい。

今は自担を愛でつつ、とにかくブームの去就が激しい熱しやすく冷めやすい性格のせいで、ほぼDDと化している。降りたり上がったりしている。浮気相手いっぱいいるけど、好きなものが多い方が人生楽しいし、自担もファンも完璧じゃなくたっていいじゃないかという持論の元、楽しく毎日をがんばれている。ここらへんは今後書いていきたい。あいも変わらずジャニーズ以外にも浮気したりもしている。

 

今更なんでこんなに自分を語りだしたかというと、自己分析するために色々書いているうちに自分で思っていたよりジャニーズが私に教えてくれたことっていうのはいっぱいあったんだなと気が付いて、ふと形に残してみたいと思ったからである。大切なことはすべてジャニーズが教えてくれた。

わたしが自由にヲタをやれるのは今年が最後かもしれない。どこに就職するかによるけど、今ほど平日に自由な時間なんて取れないだろうし、いつまでヲタを続けていいのかわからない。幕の引き方はわからないけど、それに向けて気持ちを整理するつもりで書いてみた。

目標は女子ドル界の二大推しメンだったみるきーNMB)とななみん(乃木坂)のように美しく去ることである。