Myojo10000字インタビュー 橋本良亮編を読んで

クーラーに喉をやられて風邪を引いていて、バイトにも大学にもいけないのでずっとなんらかの感情をこじらせてしまって読めないままでいた、Myojo2017年5月号掲載の橋本良亮さんの10000字インタビューを読んでみることにした。

 

この雑誌を買った当時、正直私ははっしーの言動にやきもきすることが多くて、今までで一番はっしーに対する信頼が揺らいでいた時期だったように思う。

これを読んだ今となってはそんなものはどこかへ消し飛ばされてしまっているし、デストラップもすごく頑張っているようだし、期待値は今まででMaxに高まっているので、ぜひその感動を残したい、また私と同じようにはっしーに対するやきもきを抱えている人が少しでも気分が晴れたらいいなという願いも込めつつ、書いてみようと思う。

ちなみにあのやきもきは写真集のインタビューでも多少晴れたので、そちらもあわせてみてほしいが、私的には10000字の方がインパクトが強かったのでこちらを題材とさせていただく。

 

なぜこの雑誌を買った当時、私がはっしーに対してやきもきしていたかというと、一番はラジオや雑誌で「メンバーに言いたい事が言えない」ということをぐちぐち言っていたからである。

「メンバーに言いたい事が言えない」ということをメディアでいうことのデメリットとしては

①メンバーとの不仲が疑われる

②まるで他のメンバーがはっしーの言うことを聞く姿勢がないように見られかねない

③それをメディアで言ったところでなんの解決にもならない

の3点があげられる。

①は当然ファンにも心配をかけるし、これを読んだファンでもなんでもない人もあのグループは不仲らしいと思ってしまうと思う。先日ここに投稿した通り、仲良しこよしであることがすべてではないという光一さんのお言葉もあるが、これはあくまで不仲ではないという前提で語られており、嵐が国民的アイドルグループになりえた理由の一つに仲が良いという要素が含まれていることも事実で、それ以前にふつうに考えて仲が悪いグループがいいパフォーマンスなどできるはずもなく、そんなメンバーを見ていて気分が言い訳がない。特にバラエティ番組を持っているグループが不仲と思われることはかなりのデメリットがあると思っている。

②は単純に他のメンバーのファンの人が嫌な気持ちになると思う。自担が悪いのかなと思わなきゃいけないのは本当につらいとおもうし、他のメンバーだってそんなふうにファンに思われて気持ちが言い訳がない。

③は職場やなんかでもよくあると思うのだが、ただの愚痴としてストレス解消で言うならまだしも、今後解決すべき問題として捉えているなら本人たちに伝わらないメディアの取材なんかで愚痴をこぼしている場合ではない。早急に本人たちに伝えるべきである。

以上の理由から、本当にこの子は一体何を言ってるんだろうと思っていた。そんなこと言ったって、君が他のメンバーに言わなきゃ仕方ないじゃないか、と謎のスパルタ精神を発揮していた。

この件に関しては、もちろんはっしーだけが悪いとは思っていない。これをメディアで言ってしまったことは彼の未熟さが原因だと思っているが、このような状況になってしまった責任はメンバー全員にあると思う。

五関くんは基本的に人は人、自分は自分というスタンスで、他人に過干渉なことは絶対にしないタイプだ。またはっしーも10000字で述べていたが、五関くんはメンバーで唯一常にふざけているタイプの人間なので、物事をよくも悪くも流してしまうところがあり、言うなら無常観で生きているタイプだと思う。流れに身をまかせつつ、ただ絶対にその流れに飲まれることはない、そんな強いタイプの人間だと思う。

塚ちゃんはアウトの印象が強いが、彼は本当にまっすぐで一生懸命な人で、正義を信じるタイプの人間だが、だからこそ周囲に対してあきらめたりもする。自分自身はどこまでも頑張るが、周囲に原因があると思うとすっと諦めてしまうタイプのように見える。正義感の強い人にありがちなところだと思っていて、これが行き過ぎるとダークサイドに落ちたアナキンみたいになると思っている。自分自身はがんばってがんばって、真面目に一生懸命やってきたけれど、世の中そう何もかもうまくいくわけではない。そうなった時に自分的にできることはもうないので、世の中を憂いてしまうタイプだと思う。

戸塚くんははっしーも言うようにとても優しい人だと思う。変人のイメージは強いが、彼の特徴として一番強いのは多様性を認めるというところだと思っている。彼も他人とはかなり違うところが多いが、彼はそれを受け入れているし、他人が自分と違うことも受け入れている。だからこその優しさだとおもっていて、他人が思っていることに対して、否定もせず、むやみに肯定もせず、例え何を言ったとしても、それを受け入れてくれる優しさがあると思う。だからこそ、それを抱え込んでしまう弱さがあって、私はそんな戸塚さんの弱さがすごく好きなんだけれど、はっしーが気を使ってしまう気持ちもよくわかる。

河合くんはよくも悪くもすごくはっきりとしたビジョンを持っている人だと思っている。上記3人もそれぞれのビジョンははっきりしているが、河合くんはグループとしてのビジョンを具体的に持っているいて、そこがはっしーがリーダーだと述べる要因ではないかと思っているが、自分の中にはっきりしたビジョンがあるからこそ他人の意見をそこに織り交ぜることができないのではないかと私は思っている。多分河合くんは結構やりたがりなところがあって、もちろんそれでグループがよくなったことがたくさんあるのは承知だが、そこに柔軟性がないという弱さもあるのではないかと思っていて、はっしーのあの発言のあくまできっかけだが、それは主にここではないかという気もしている。

そして、はっしーはあまり語ると長くなるので簡潔に行くが、あえて厳しくいうなら、まず日本語があまり堪能ではないことと、良くも悪くも思ったことを素直に言ってしまうというところがある。また、激やせしたことなど含め迷走してしまう部分もある。

私は基本的に自担に対しては甘やかしモンペスタイルなのだが、客観的に見るとあの発言の要因はざっくりこのメンバー5人の特徴にあると思っている。(メンバーそれぞれの好きな所とかはいっぱい語れるけれど、今回は関係があると思われる部分のみ抜粋したつもりです。)

 

ここまで原因も自分的に分析してしまっていたので、私としてはもうこれはどうしようもないな、早くそっちで解決してくれ、という気持ちだった。だからReboot!!の忘年会のDVDもいまだに見れていない(ヘタレ)が、このブログを書くに至ったので書き終わったら観てみようと思う。

しかしこの10000字は、このやきもきを打破する何よりの安定剤だったことにもっと早く気が付いていれば、わたしのやきもきはもっと早く晴れたかもしれないと後悔している。

このインタビューはざっくり分けると、導入の5周年の話/メンバーからの自立の話/スバル先輩の話/A.B.C-Zの展望の話の4部構成で、とくにわたしが今回触れようと思っているのは「メンバーからの自立の話」と「A.B.C-Zの展望の話」の2点である。

 

「メンバーからの自立の話」は、私のあのやきもきを打破する安定剤になった部分だ。

A.B.C-ZはA.B.Cというお兄ズ4人のグループで長く活動しており、そこに後からはっしーが入った形になっている。お兄ズはこのことに関してとてもポジティブで、戸塚くんは「額縁だったA.B.Cにはっしーが入って絵が完成した」という秀逸なコメントを残している。しかし、A.B.Cは今でいうふぉ~ゆ~のような、玄人よりのJr.でその技術力が買われて様々な先輩のバックについていた。

そこに10近く下の、まだ15歳のガキンチョが入ってきたのである。しかもいきなりセンターとして。ダンスもろくにできないような子が。私がお兄ズの立場だったら絶対いい気分はしない。

しかしそこからがA.B.C-Zの可能性無限大ストーリーの始まりだった。はっしーはお兄ズからいろんなことを学んだし、お兄ズもグループとして動くようになった。そして念願のデビューにこぎつけた。

しかし、デビューしてなおお兄ズと末っ子センターの関係は続いていたと思う。正直経験からくるスキルの違いは10歳近く離れていればそう簡単には埋まるものではないし、デビュー当時まだ10代で子供っぽい(それはいまもなんだけど)末っ子センターを抱えて20代そこそこのお兄ズは自分たちがしっかりしなければと思ったはずである。というか私だったら絶対そう思う。念願のデビューならなおさら。

前にV6の岡田准一さんが20周年の時かなにかで、TVでのグループ対談で「10年間反抗期だった自分を優しく見守ってくれたことに感謝している(ニュアンス)」と言っていたのを思い出したが、岡田くんもはっしーと似たような境遇のような気がする。(V6のそれぞれが出たTOKIOカケル見て)トニセンは言わずもがな、カミセンの剛健コンビはJr.としてすごく人気があったし、そこに当時14歳のこどもがJr.経験もなく入ってデビューなんてまるで信じられない。正直はっしーより全然過酷だと思う。

岡田くんが言っている「反抗期」がどのようなものだったのかまでは私は詳しくは存じ上げないが、はっしーがこのインタビューで言っている“ひとりでもできるぞ!”というのはまさにこれじゃないかと思っている。A.B.C-Zを背負うのではなく、そこからまったく自由になって、本当に意味でソロとしてやってみる、というのが彼の言う“ひとり”であると思うし、それは他のメンバーにも言えることだとは思うのだが、私はこのはっしーの言っていることこそがA.B.C-Zのグループ内の関係性としてのセカンドステージではないかとおもっている。

末っ子キャラというのはどのグループにも存在する。一言で末っ子キャラと言ってもあり方は人それぞれで、あまり年齢が離れていない嵐では、松潤の性格も相まって末っ子としてねこっかわいがりされるわけではないが、二宮さん筆頭に何かあれば最年少を優遇してくれる印象がある。KinKi Kidsは二人しかいないので何とも言えないが、光一さんがお兄ちゃんのように振る舞う姿は時たまみられると思うし、私はジャニーズWESTで小瀧くんがかわいがられている様はとても微笑ましく見ている。

しかし、末っ子というのはあくまでキャラであって、当然メンバーは全員台頭であるべきなのだ。リーダーキャラ、癒しキャラ、ボケキャラ、ツッコミキャラ、愛されキャラ、様々なキャラがいるけれど、あくまでそれはキャラであり、実際にリーダーキャラの人間がリーダーとしての役割を裏でも表でも全面的に背負っているわけではないと思う。

A.B.C-Zはグループ結成の段階から、どうしても全員が台頭というわけにはいかなかった。それは仕方のないことだと思う。経験も実力もかけ離れたもの同士が突然台頭でやるということがおかしな話だと思う。しかし、他のグループも多少なりともその差は存在する。それでもグループとしてまとまってやっていくには、誰かが誰かに依存していては、絶対にいいチームにはならないと私は思う。それは最年少が年長に依存するパターンでも、その逆もしかり。そこにはっしーは感覚的に気が付いたのではないか、と私は推察している。

 だからこれこそがはっしーの反抗期であり、悪い意味での反抗期では決してないのではないか、とほぼ確信している。反抗期は自立に向けての当然の感情であるし、この様子だとうまい具合に来年中くらいには反抗期は終わるのではないかとさえ思っている。少なくともファンとしては10年に続く反抗期はご免被りたい。(笑)

正直、はっしーを頭の悪い子だとなめ過ぎていたと反省している。こんなに周りをしっかり観察して、分析して、今後の展望を考えていたとは思っていなかった。頭の悪いはっしーも大好きだけど、こんな頼もしいところもあってはっしーに惚れ直した。はっしーがこんなにグループのことを好きだというのも伝わったし、ちょっと負けたとも思っていてごめんなさいって感じでもある。私のグループ愛なんてひどく浅かったのではないかと恥ずかしくなった。

 

A.B.C-Zの展望の話」に関しては、私はただただ感動したというか、とうとうA.B.C-Zにまで尊いという感情を抱かねばならないのかと思って嬉しいやら先が思いやられるやらだったのだが、これこそが私の大好きなA.B.C-Zそのもので、日本語が下手なんて言ってごめんなさいと土下座したい気分である。

A.B.C-Zは最強”で“可能性の塊”ってこれだけはっきり言い切れるのも、それがただのビッグマウスじゃなくってきちんとした展望に基づいたものであることも、もう全部全部この人たちについて、この人たちの物語を一緒に体感して歩いていきたいって思わせるものばっかりで、本当に許されるならこの10000字をスキャンしてここに貼っつけてしまいたい。私の語彙力ではあの10000字の尊さを正確に伝えられないと歯がゆい。

 

文字を文字で伝えるとどうしても引用がひっかかってしまってあまりうまく言えないのがもどかしかったし、そもそも語彙力の欠如が著しいので言いたい事もまとまらなかったが、5人全員の10000字まとめての感想もまたうまく書けたら載せたいと思う。

シンメという宿命 ーKinKi Kidsと“さやみる”を例にとってー

diskittg.hatenablog.com

 

こんな素敵なブログを見つけて、完全に触発された感じですけど、すごく思ったことがあったので書いてみます。

一つお断りしておくと、ただいま卒論真っ最中で、文調とか構成とかが論文チックでお送りさせていただきます。

 

 

やっぱり、“2人”というのは難しいと思う。

私にも仕事上の相棒というか、相方という人がいた。

彼女は私とは正反対のタイプで、周りからもそういわれたし、本人たちが一番そう思っていた。

当然合わない部分も多かった。趣味嗜好はまだしも、考え方、価値観の相違というのはやっぱり一緒に仕事をする上で障害になった。

だって価値観が違えば優先度が変わってくる、時間の使い方、力の入れ方が変わってくる。考え方が違えば見えるものも、その見え方も変わってくる。

だからこそぶつかったこともあった。何より意思疎通がスムーズに行かないことが互いに何よりイラついたことだったと思う。他の同期なら一言えば十伝わるような子も、「ヤバい」だけで会話できるような子もいたのに、なぜ一番一緒に仕事をする相棒とは十言っても一しか伝わらないのか。一回だけならまだしも、それで何度も何度もつまづくと、地味に地味にイライラがたまっていく。

端的に言えば相互理解の不足とコミュニケーション能力の未発達さが原因の業務上不和だったのだが、その時は心にも体にも時間にも余裕がないなかだったので、ただひたすらにイライラしていた。私がイライラしていたのに対して向こうが諦観の態度を示していたのも私をイラつかせた原因の一つだったように思う。今思えば色々ひどい。

しかし、彼女とはみごとに正反対だったおかげで得意分野が違った。だから一緒にやる仕事はストレスが多くあったけれど、役割分担をする仕事は歴代のコンビよりもずっとずっとうまくやれたと思う。

彼女はアメとムチで言うならアメで、調理で言うなら下ごしらえが得意で、役者と裏方で言えば裏方タイプで、努力とひらめきで言うなら努力タイプの人間だった。私はまったくの真逆だったので、何も言わずとも互いの得手不得手を心得たうえで役割を分担できたので、心理的にスムーズでとてもやりやすかった。

私がその役職を後輩に託した時、「相棒をよく理解して、背中を預けて戦える関係を築いてほしい」という話をした。それは私と彼女の関係性として、私が理想としていたものだったから。彼らがどういう関係を築いているのか私はまったく知らないが、そうなってくれていたらいいな、と思っている。

 

 

私の話で1000字も食ってしまって申し訳ないが、ここからが本題で、私が言いたいのは「2人ってやっぱり一筋縄じゃいかないんですよ」というである。

KinKi Kidsはデビュー前からずっとシンメとして活動してきた。光GENJIのコンサート会場で初めてあってから彼らはずっと二人なのだ。もう25年近く2人は二人なわけで、私はまだ25年も生きていないのでそれだけ長く一緒に人生を歩く人がいることはあまり想像できない。

二人が出会った時は中学生だったと記憶しているが、その思春期の自分の事を知っている相手と38歳になる今まで一緒に仕事をするというのはそれこそ想像を絶する。正直に言って私だったらそんなことはご免だ。自分の恥ずかしい過去も弱みも知っている相手とずっと仕事をするなんて、とてもじゃないが平常心じゃいられない。

個人的な経験も含むが中学~大学、つまり13歳~22歳くらいっていうのはかなり変化の激しい年代だと思っていて、誰しも黒歴史のひとつやふたつは絶対あるはずなのだ。私は中学、高校の時のどすっぴんの写真なんて今の友達に絶対見せたくない(笑)それに私が社会に出て働くようになったらまたなんかしらの変化が絶対あると思われるので、~25歳くらいまで幅が出るかもしれない。

光一さんが以前「解散したいと思ったことがある」と雑誌で語っていたことが話題になったが、私はむしろそれにショックを受けているファンの方にショックを受けた。私はしょっちゅうバイトをやめたいし、しょっちゅうバイト先の社員の愚痴もこぼしている。もちろんそれをメディアでいちいち言うことはタレントとしてはあんまりないと思うが、私が言いたいのは「解散したいと思ったことがある」ことはまったく当たり前のことで、光一さんの性格からするとそれをメディアで言えるということは今となってはご自身の中でネタみたいになってるのではないかと推察してる。

 

KinKi Kidsはあまり互いのことを語りたがらない。特に光一さんは言葉を濁すし、口数が減るし、殻にこもってしまう。剛さんも煙に巻くような発言が多い。

私はそれは、「どうせなんといったところでうまく言えないから」ではないかと思っている。

 

私は女性アイドルも好きで、48系列ではずっとNMB48みるきー推しメンとしてきた。彼女の魅力について語りだすと収拾がつかなくなるので今回は省略するが、みるきーNMB48の二枚看板の一人だった。“さやみる”と呼ばれた、いわばシンメで活動していた。

さやねえとみるきーは誰が見ても正反対のタイプだった。さやねえは黒髪ショートカットのクールな見た目に、さっぱりした姉御肌、歌もダンスもカッコイイ、リーダータイプで、みるきーは茶髪ロングのガーリーな見た目に、甘えん坊で小悪魔、歌もダンスもかわいらしい、妹タイプだった。

私はそんな正反対な二人が互いに背中を預けて戦っている姿が大好きだった。正反対だからこそ二枚看板として輝いているように見えた。

しかし、正反対だった故にさやみるには常に不仲説がついて回った。確かに二人がSNSで仲良くからんでいる写真はなかったし、バラエティでも二人で雑談するところは見たことがないし、二枚看板だからこその仲の良さみたいなものも、同じグループのメンバーとしての仲の良さみたいなものも見当たらなかった。

私は能天気なので、そのことはあまり気にしていなかったが、やっぱり気になるファンもいたようで、そういう人たちからしてみれば「シンメなのに」という二人の関係性にはやきもきする部分があるのも理解できた。

このやきもきが晴れたのは奇しくもみるきーの卒業の時だったと思う。卒業するにあたって、さやねえがみるきーと二人で歌う「今ならば」という曲を作曲したこともこのやきもきを打破する一端となったと思う。(歌詞を書いたのは秋元康なのでここでは触れない)

卒業報告をした劇場公演でみるきーはこう語った。

 さやかちゃん、同い年で身長も同じくらいで、血液型も一緒で、最後まで友達のように仲良くというか、ホントの友達のような関係にはなれなかったけど、今までの人生で一番運命の人だと感じました。本当に一番運命を感じた人で、たくさん悔しいことも…誰よりも素直になれなかったけど、私は、いちばん誰よりもすごい人だということをわかってるし、本当に尊敬しています。

 思えば、NMB48の一期生としてグループを支え続けた二人は自分たち自身よりも周りからものすごく比べられたはずだ。総選挙の順位にしても去年より落ちた、上がった、あの子より下、上ということにプラスして「さやねえより何票少ないか」「みるきーより何票多いか」と常に言われる。いつだって比べるのは周りだったと思う。しかもはっきりとした数字で。なによりも残酷に。

周りはいつだって彼女たちの関係性にライバルという名前を付けたがった。彼女たちがどれくらいそれを意識してやっていたのかは今となってはもうわからないが、私はあの距離感はそれを意識している部分もあったのではないかと思っている。

あの距離感の理由は、彼女たちにしかわからない。周りからライバルと言われてそれを意識していたのか、性格的にもともと合わなかったのか、何か二人の間で距離感を取ることのメリットを見つけていたのか、それは私たちには知るすべはない。

しかし、SONGSで光一さんが語っていた「一つのエンタテイメントを作り上げる上で仲良しこよしすることがすべてではない」という言葉は、まさにこういうことだったのではないのか、と思っている。思いたくなってしまう。

何よりもずっとずっとくらべられ続けたみるきーがあのように語れたことはすごいことなのではないか。世の中にはこんな関係性も存在するということをさやみるは証明してくれたのではないかと思いいたって、鳥肌が立った。

 

みるきーの卒業報告の言葉に返すように、さやねえがみるきーの卒業公演の後にTwitterでこう語っている。

 みるきーが隣に居たから、隣に居たのがみるきーやったから自分らしくいられた。子供みたいな言い方やけど、並んだ時は無敵やって、心のどこかで自信さえ持たせてくれた。この関係性を何て呼んだら良いのかな。名前も付けられへん位本当に本当に特別な存在。

さやねえとみるきーが出会ってから別れるまでの時間は決して長かったわけではないと思う。しかし、この二人の若い女の子が辿り着いた結論は決して間違いではないのではないか。こんな関係性も確かに存在するし、私たちにはそれを否定することは絶対にできない。

もちろん、公私ともに仲の良いグループもシンメもいるし、それが悪いとはまったく思わない。それぞれにそれぞれの形があるし、公私ともに仲が良いことのメリットも絶対にあると私は思っている。仕事仲間と公私ともに仲が良くいつづけられるのも運命的だとも思う。(嵐のDVDを観ながら書いているので余計そう思う。最も彼らは自分たちの関係性を嵐だと公言していて、それも素敵な形だと思う)

しかし、公私ともに仲が良いわけでもなく、むしろ一定の距離感があって、それでも運命の相手である、本人たちがなんと名前をつけていいのかわからない関係性というのも確かに存在するのだ。本人たちがわからないことなどわたしたちには一生かかってもわかることなどあるわけないではないか。

 

私も相棒の彼女とはよく比べられた。どっちの方が仕事ができるか、頼りになるか、自分の役に立つ人間か、果てはアイドルでもないのにどっちが見た目がいいかということまで比べられていたのも知っている。

でも私も彼女もそんなことはまったく気にしなかった。そのことについては二人で「そんなこと言ってる暇があるなら仕事しろ」と言って笑い飛ばしていた。そういう意味では戦友的な部分はあったように思う。でも私は彼女とは仕事抜きに二人っきりでごはんを食べたこともないし、遊びに行ったりしたこともなかった。多分これからもないと思う。でも彼女のことが嫌いなわけではないし、かといって友達かと言われるとそれは友達ではないとも思う。

 

KinKi Kidsは剛さんも光一さんも素直な性格ではないので(笑)、そもそもお二人の関係性をありのままに語ってくれることはないのではないかというあきらめもあるが、だから勝手に想像させていただくことにした。

 

あの口下手な光一さんがようやっと見つけた言葉がこれで、それを私たちに伝えてくれたくれただけでもう十分って気持ちだったけれど、でももうちょっと掘ってみたくなったので、これは貴重なオリジナルテキストとして脳内保存した。

私はこれ(産経新聞の記事)をオリジナルテキストとしてこのブログを出発させたので、やっぱりKinKi Kidsの核は音楽なんだな、ということは心にとめたうえでこのブログを書いているつもりだ。でも地の文の照れたような笑顔もオリジナルテキストに含まれているよ。

 

上記のブログでは私よりもずっとずっとお二人を見つめ続けた方がずっとずっと詳しく事実に基づきながら書いてくださっているので、もうそっちを見てほしいが、私はKinKi Kidsの二人の関係性にはひとまずさやみるが証明してくれた“友達のようではないけれど、誰よりも運命を感じた、名前もつけられないくらい特別な存在”というところで落ち着けてみようと思っている。なによりKinKi Kidsの関係性にやきもきする気持ちに、さやみるという大きな安定剤を得たことがこのブログの意義だと思っている。(論文チック)

改めて見返すとみるきーの「同い年で身長も同じくらいで、血液型も一緒」という部分もKinKiさんに当てはまっていて鳥肌が立った。(剛さんは私の中ではまだB型だから。譲らない。そういえば私はB型だが相棒の彼女はAB型だったような気がする。怖い。)

 

ちなみに剛さんがおっしゃっていた「光一が旦那でぼくが嫁みたいな、夫婦のような感覚」という言葉は、私には旦那がいないのでよくわからないし、剛さんにも嫁はいねぇだろというのが正直な感想なので、わたしも剛さんも結婚したらこの言葉をもう一回お互いに見返す約束をしてる(してない)

 

 

とにかくKinKi Kidsは一筋縄ではいかないというか、でもそこにとてつもない魅力があるし、だからこそ惹かれてるのも重々承知なので、なんとも悔しい気持ちでいっぱいだし、そんなところがKinKi KidsKinKi Kidsたるゆえんだと思っているので、私もKinKi Kidsももう手に負えないな、というのが正直な感想です(小並感)

 

最後に、KinKi Kidsが20周年を迎えるにあたって、これから雑誌の取材などでいやというほど20年の感想とか、相方に関することとか聞かれると思うんですけど、KinKiのお二人は通常運転で、しゃべりたいようにしゃべって、言いたくないことは言わないままで、いつまでも私たちを翻弄してください、わたしたちもそれに精いっぱい抵抗して忖度させていただきます、と言い残して終わりにしたいと思います。

国民的年下彼氏という偶像

現在就活中である。

にもかかわらず二日続けて更新しているのは、単に暇だからでも余裕ぶっこいてるからでもなく、なんとなく病んでいるから。とりあえず、やる気がでない。

この先の自分の人生を今決めるって無理じゃない?未来の自分の為に頑張れるタイプではある(過去の自分に感謝して生きてきてるから)けど、何をどう決めればいいのかわからん。

となると、なんとなく浮上してくる案が結婚してしまうになるし、就活する女の子の大概は一度は「就活やめて婚活しようかな…」とか考えると思う。婚活の方が大変なのはとっくに痛いくらいわかってはいるけれども。

わたしは明らかに家庭に入って専業主婦になるのは向いていないとわかっているから、旦那さんの帰りをしとやかに待つよりも旦那さんにわたしの帰りを待っていてほしい。「ガール」のヒロくんの結婚したい*1と割と本気で思っている。

 

去年、おととしもサークルの関係で、それなりというか、かなり忙しい日々を送っていた。去年はまだましだったけど、おととしは本当に忙しかった。

そんな時にだいたい考えるのが、自担が家で待っていてくれないかなっていう願望(妄想とも言う)で、もしそれがなかったらわたしは多分帰り道泣きながら帰ることがもっと多かったと思う。7時に起きて、1時に帰ってくるの異常すぎる。好きだったからできたことだけど。

だいたいメンタルつらいときはおなかがすいているときか眠いときだってことを学んでからはだいぶマシになったが、移動時間がきつかったので、そこをどう乗り越えるかが大事。

その時はだいたい自担とつきあってる妄想をして乗り切っていた。そうすると半分寝ながらでも足がちゃんと前に出るよ。

 

はじめはただ自担だからっていうそれだけだったんだけど、よくよく考えてみたら、自担の彼氏力すごくない…?ってことに気が付いた。

 

そもそも、環境が悪すぎた。

A.B.C-Zというグループの年齢構成は五関様(31)戸塚くん(30)塚ちゃん(30)ふみと(29)はしもとくん(23)である。23歳。ミニマム6歳下マックス8歳下。最年少。甘やかされて当然*2のポジションにいる。

今更であるが、A.B.C-ZはもともとA.B.Cとして歳上の4人が長く続けていたグループだった。2008年、Hey!Say!JUMPのデビュー後にHey!Say!JUMPに入れなかった*3はしもとくんは、のちに戸塚くんが語るには「それまで額縁だったA.B.Cにはっしーが入って絵が完成した」(ニュアンス)となるほどのA.B.C-Zのセンターになった。

もちろん、彼自身の努力やメンバーの努力もあってこその今だ。ファンもとまどったと思う。彼の「みんなにできることがオレにできないはずがない」精神で乗り越えてきたからこそ今のA.B.C-Zがある。もとをただせばおねえ*4に鍛えられた橋本くんの精神性が根底にはある気がする。

もともと彼自身の性質も、負けず嫌い/人の懐に入るのが上手い*5/気分の浮き沈みが激しい*6/頭が弱い*7などなど枚挙にいとまがないほど、最年少としての愛され力は高い。

しかも、当時はっしーは料理好きを公言していた。部屋のリメイクを自分でするということもさまざまな媒体で公言していた。つまり、生活感のある情報が非常に多かった。

これは妄想しろってことかな?

というレベルだったので、お言葉に甘えて妄想していた。

 

1. 家パターン

これは帰りの夜道で考えるパターン。早く家に帰りたいけど、家に帰ってもろくなことがない現実から逃避するため。

同棲か半同棲してる設定が多かった。その場合のはしもとくんがアイドルであったかどうかは記憶にないが、多分アイドルだったと思う。

その中でははしもとくんは全く忙しくない(オイ)アイドルだったので、基本的には18時くらいには帰宅している設定だった。わたしはだいたい23時~1時頃に帰宅することが多かったので、それを待っている。(あくまで私の中での設定。)

当時、本当に毎日忙しくて、帰宅してからも作業をすることが多く、部屋が散らかり放題だった。ので、家事は全部お任せしたい。

はしもとくんは部屋をリメイクしたりするほどこだわりがあるので、掃除なんかは完璧にやってくれる。床に座るのを汚いと言うくらいだから完璧なはず。

料理もYouTubeを見ながら勉強している。ここの年下彼氏感すごくない?ポイント高くない?イマドキ感がものすごくて、リアリティーがあって最高。なのでもちろん作っておいてくれる。得意料理はオムライスと餃子っていうところも最高。

イメージとしては君はペットのモモ(松潤)が近い。というかほぼアレ。大型わんこ。

玄関開けたとたんに、「おかえり~!今日も遅かったね…待ってたんだよ…」「カバンかして!もってあげる!」「ごはん作ったんだけど食べるよね?オレがんばったんだよ?」「あ、それとも先にお風呂入っちゃう?」「眠い?疲れてる?はい!ここ座って!」ってはじまってほしい。

作業してる横で「寝ないの?早く寝た方がいいよ…」「最近全然かまってくれないじゃん…」*8「一緒に寝よ?」とか言われたい。

お風呂上り*9はソファでいちゃいちゃしながら映画とか見て、はしもとくんに作ってもらったココア飲みたい。

不思議と家で朝パターンはない。朝起きたら戦闘開始だから妄想してる暇ない。

 

2. デートパターン

これは行きの電車とかで妄想するパターン。このままどこかへ行ってしまいたいという願望に基づいていた。

はしもとくんとのデートは、向こうが全部やってくれて楽そうという割とひどい設定で話が進んでいた。当時の忙しさがよくわかる設定。

だいたいドライブデートで、家まで迎えに来てもらって、江の島とか鎌倉とかの海岸沿いを走っていた。なので、わたしはただ座席に座って、窓の外を眺めながら、はしもとくんがBGMでかかっているジャニーズソングを口ずさむのを聞くだけという、当時の忙しさがよくわかる内容になっていた。

車内BGMは夏うたが多いイメージ。KinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」「夏の王様」「ね、がんばるよ。」や嵐の「Still...」「ROCK YOU」「風」(というかTime)とかNEWSの「渚のお姉サマー」「エンドレス・サマー」など。ジャニーズなつうたプレイリストを作るのが夢なほどなつうた好き。サザンオールスターズもTUBEも好き。

当時のわたしのTwitterの下書きが残っているんだが、「行き先はわからないままスタートする」「海を眺めながら、特に何もしゃべらずぼーっとしたい」「運転してる横顔を盗み見たい」「それがバレてなにみてんだよってちょっと照れてほしい」「疲れたらまたデートつれてってあげるって言って別れる」など迷走していた。当時の忙しさがよくわかる迷走っぷり。

ここで大事なのは、あまりに現実離れしたデートコース・内容ではなく、あくまでそこらへんのカップルでもしないくらい現実味があることが大事。

 

はしもとくんの国民的年下彼氏感がすごい理由は、現実味があるということである。

アイドルを生活感がある/なしで分け、さらにそこにプラスの感情をもつか/マイナスの感情を持つかで、全部で4パターンに分けられると思う。

例えばKinKi Kids堂本光一さんなんかは完全に生活感がない+最高というふうになる。

はしもとくんは生活感がある+最高という形になるのだ。みんな自担が宇宙で一番かわいいので、生活感があることに対して割とプラスの感情を持つと思うが、彼の生活感のリアリティーは他とはちょっと違うレベルなのだ。

例えるなら、明日入った居酒屋で、隣のテーブルが頼んだお酒が店員さんのミスで自分の卓に届いてしまい、とまどっていたところ「すみません、それ多分こっちのです」ってちょっと申し訳なさそうに笑ったその人がはしもとくんでも全然おかしくないってくらい、ちょっとおかしいレベルの距離感でリアリティーがあるのだ。

 

ちなみにわたしははしもとくんに対してリア恋枠で恋をしているわけではない。こんだけ妄想しといて何言ってんだって感じではあるが、リア恋枠に限りなく近いだけで、いざ本当に付き合える環境になっても付き合ったりはしないと思う。

でも彼はその笑顔や人懐っこさや時々すねるところや、ふと男の子になるところなど、典型的な弟タイプのスーパーイケメンで、歌が上手くて料理ができる、すきなものやことのためならいくらでもがんばれる、ごくふつうの男の子が、ジャニーズでアイドルをやっている。わたしたちの世界に住む一人の人間がアイドルという職業を選んだ、という事実を見させてくれる人なのだ。

 

正直、A.B.C-Zに対してもやもやすることもある。それはどのグループを応援していたって通る、仕方のない道だと思う。

2年連続でサマパラでソロコンサートをやらせてもらい、さらに国民的年下彼氏のすばらしさを痛感すると同時に、もやっとすることもあった。激やせしたり、ラジオでメンバーに対する不満を本人のいない所で言うのは社会人としてどうなんだと思うこともあった。明らかにやる気のないダンスや不機嫌が見て取れるような態度も好きじゃない。やっぱり自担にはいつでもかっこよく、プロとして完璧を求めたくなってしまうのがファンだと思う。

多分それはこれからも変わらないと思う。売れたからといってもやっとすることがなくなるわけではないから。

でも、彼はわたしたちと同じ世界線に住む、アイドルという職業を選んだ一人の青年なんだという事実がある限り、わたしは彼が完璧ではなくてもきっと幻滅したりはしないと思う。手を抜いていいとはまったく思わないけど、彼と同じ感覚で生きていきたい。

 

最近はTwitterでもさんざんつぶやいているように、KinKi Kidsに浮気ぎみなので、堂本さんたちを見ていて新しいアイドルのあり方を見られて楽しいし、嵐もこういう目で見るとまた違って見えるのかもしれないから、まだまだヲタをやめられないなと再確認した。ヲタは最高に楽しい。

遅れに遅れてMyojoを買ってきて、はっしーの一万字を今すぐ読みたいけど、ES締切が近いからES終わったら読みます…

*1:奥田英朗の小説。実写映画では上地雄輔が演じていた。ヒモではない

*2:バラエティなどにおけるキャラ的な話ね。中居パイセンもおっしゃっていた。

*3:と本人が言っている。事実、ジュニア時代にJ.J.Expressで一緒だったメンバーのほとんどはHey!Say!JUMPとしてデビューしている。

*4:元五関様担。とてもこわい。ただしヲタとして尊敬に値する。

*5:関ジャニ渋谷すばるさんと初対面で親友宣言をするなど

*6:機嫌のいいときとわるいときの差がある。色々ある。期限が悪いときはむすっとしていて、それはそれでかわいいけど、ちょっと複雑でもある。

*7:漢字書けない。なんならカタカナも書けない。ツとシがごっちゃ。ハッツーとかハシシーとかハシツーとか。言葉も知らない。

*8:わたし的リアルで言われると地雷な言葉ランキング上位

*9:実際風呂なんてシャワーあびて適当に洗うくらいだったけど、ちゃんとおふろにつかってる設定。リアルでやっていないことをバーチャルでやって満足する光一さんタイプの思考回路を発動させる。

同じ地球に生まれたの ミラクル・ロマンス

何故わたしはこの年度末の雨の日に、ブログなんて開設しているのだろうか。

現在就活真っ只中で、まったく暇ではないというのに。

しかもPCはWindows7の不調により、現在Windows10をダウンロード中である。

 

 

突然だが、わたしのモットー「好きなことは多い方が人生楽しい」というのがあって、それに見合うようにわたしは本当に好きなものが多い。

B型の好きこそものの上手なれを体現している気がする。(ちがうか)

 

 

小学校は自分で言うのもなんだが、いわゆる名門私立小学校に通っていた。

小学生なのに毎朝5時には起きていて、毎日勉強ばかりして、1時間半の通学時間では本ばかり読む、いやな小学生だった。

長女なのもあって、早く大人になりたい、大人の世界が知りたいという好奇心が多分他の子どもよりも強かったのではないかと思う。(ちなみに今でもあまり変わってない)

当時特に好きだったのはミステリー小説だった(今でも好き。最近読んだのでは青崎有吾先生の体育館の殺人が面白かった。オススメ)ので、余計な知識はバンバン身について行った。いじめがある環境のせいか、人間関係をずるがしこく乗り切る知恵もついてしまった。(ここらへんは気が向いたら書きます)

でも本当に本は大好きで、新しい知識を得るのが好きだった。もともと知的好奇心が強い、なんでも知りたいタイプだったのに加えて、読む本がなくなると説明書を読むような活字中毒の症状も発生した。

しかもこのころは親の教育方針で、テレビや映画を見れなかったので、エンタメにはまったく疎く、音楽などもほとんど知識がなかった。

テレビを見ていたのは幼稚園の頃くらいで、その頃はセーラームーンおジャ魔女どれみ(世代バレる)、モーニング娘。などが好きだった。ラブマシーンのダンス踊れた。

その後、付属の私立中学には進まず、地元の公立の中学に進んだ。

ここでわたしは小学校6年間、まったくと言っていいほど触れてこなかったサブカルというものに出会ってしまった。わたしが生まれた瞬間である。

 

最初に仲良くなった子がマンガが好きな子で、少女漫画から少年漫画まで色々と紹介してくれたり、貸してくれたりした。(小学生のころりぼんは買ってた記憶がある)

最初に貸してくれたのがDグレっていうあたり、わたしの友達運最強だった感がすごい。その後も次々に漫画を与えられ、沼に引きずり込まれた。

漫画の沼にはまると次に待っているのがアニメの沼である。当然っちゃ当然。当然なので、当然アニメの沼にもはまった。名探偵コナンのアニメとか一時期はまりすぎてやばかった。恋はスリルショックサスペンス。

中学1年のころはそんな感じだった。あと親の気まぐれで家にWiiが導入されてからはゲームにもはまっていた。スマブラとかマリオカートとか。

はまると気持ち悪いくらい一日中そのことしか考えられなくなる中毒にかかりやすい人間だった(今はまだましになった)ので、ゲームがやりたいがために誰よりも教室をさっさと出ていくような中学生だった。不適合みがする。

 

多分アニメの沼が案外広がらなかったせいで、ちょっと暇になった中学生のわたしはドラマを見るようになった。そこで運命の出会いがあった。

2008年夏クールTBS「魔王」である。

ドラマ自体はミステリーものの割とドロドロしたドラマだったのだが、問題は主題歌である。当時、上り調子ではあったがまさにちょうど加速し始めたあたりだった嵐の「Truth」である。

嵐自体はさすがに知っていたし、なんなら花男(多分リアルタイムで見てたのはリターンズだったはず。再放送とかかもしれないけど)とかふつうに好きだった。(道明寺派?花沢類派?というやりとり懐かしい。光一派?剛派?と同じでどちらでもないというのは許されない。正直わたしは西園寺さん派だったので微妙な空気になることもあった苦い思い出)

じゃあなんで今更嵐に出会ったことがそんなに大事なのかというと、問題はPVだった。

これまた友達運最強だったわたしは、クラスの友達に魔王を見ていることを話してしまったせいで、嵐ファンに目をつけられ、家に招待され、PVを見せられた。

しかし嵐5人を個々人で把握しているわけではなく、当時顔と名前が一致していたのは、魔王に出ていた大野さんと花男に出ていた松潤だけだったので、その二人を中心に見ているとどうも視界に移りこんでくる人がいたのだ。

それが後の自担、わたしがジャニーズに年貢を納めるきっかけを作った櫻井翔さんだった。

一言でいえばひとめぼれ、ただの顔担である。しかしそこから怒涛の嵐沼落ち生活が始まったのである。

まず学校に行っている以外は一日中TruthのPVを見続けた。親にいい加減にしてくれと言われても見続けた。しかもおんなじ所何回も繰り返したりした。(あるある。そういう意味でVine画期的だった。)

それから嵐の宿題くんひみつの嵐ちゃんVS嵐(まだ昼の30分番組だった頃)をすすめられ、嵐のコンサートのDVD(しかもTimeという良作of良作。Hip Pop Boogieが入ってるのが本当によくなかった。ソファ最高。)を見せられ、CDは何を借りたらいい、カラオケに連れていかれるなどぐんぐん引きずり込まれた。環境が悪かった。

決定的に私が嵐を応援していくと決めたのはAAAの物販に行ったときだと思う。いきなり行ったコンサートの物販が国立競技場って頭おかしい。

なにをしたわけでもないのだが、すごく楽しかったのを覚えている。嵐が好きな友達4人で朝早くに集まって、電車で国立競技場まで行って、あの駐車場で何時間もただ突っ立って並んでいたのが。確か後ろに並んでいた大学生くらいのお姉さんが話しかけてくれてなにやらしゃべったのも覚えている。

多分あの空間、ワクワクに満ちた空間がたまらなく好きだった。そこに集まる人みんなが同じものが好きで、うちわの写真はどんなかとかポスターもう一枚買っちゃおうかなとか、ワクワクと好きしかない瞬間を共有しているという喜びを初めて味わった気がした。

残念ながらコンサートにはいけなかったのだが、そこから嵐はぐんぐん上り調子で売れていった。シングルを毎月出したり、WS含めれば本当にテレビで嵐を見ない日はないといってもおかしくないくらいになった。ドラマも映画もいっぱいやったし、冠番組がゴールデンタイムに変わった。FCにも入った。(ちなみに嵐のコンサートには一度も行けていない。本当に当たらない。)

 

その後受験やなにやらも経て、私の嵐ブームは君と僕のみている風景でピークに達した。その頃になればメンバー一人ひとりのパーソナリティもそれなりに把握していたし、メンバー同士の関係性や役割分担などもわかっていた。しかし私の嵐ブームは一度ここでお休みになる。

高校に入って吹奏楽部に入部し、ピアノが弾けたことからバンドにスカウトされ、しばらくは音楽漬けの日々を送りはじめた。その頃、V系のコピバンに入っていたことから、L'Arc~en~Cielという、これまたものすごい沼に手を出してしまった。

何度も申し訳ないが友達運最強なので、部活の友達でラルクが好きな子がいて、その子からCDを大量に借りて聞きまくった。ヘッドフォンも買ってしまった。ちなみにイヤホンとじゃ違う曲に聞こえる最高。

このあとずぶずぶとV系の沼にはまったり、吹奏楽ガチ勢になったり、クラシックにはまったりもするし、漫画・アニメブーム再熱したり、古い洋画ブーム来たり、まさかの西洋絵画ブームとか海外ドラマブームとか洋楽ブームとか本当にいろんなものが来ては去ってく生活を送っていた。この時きた日本史ブーム(唯一まとも)のせいで、文学部なぞに入ってしまった。(多分他にもいろんなブームきてる。哲学ブームもあったし、経済ブームもあった。数学ブームもあったし、パンケーキブームとか、英語ブームとか、当時付き合っていた人のせいで一時期ガンダムブームにもなった。すぐ冷めたけど。)

 

この高校時代、今思えばすごく充実していたし、人間的に成長したのは間違いなくこの時期だったって思うけど、いかんせん人間的な成長にかまけていたおかげで、勉強を全くしていなかった。というか、なんなら学校にもあんまり行ってない。親もこのころになると成績さえ維持していればなにも言わなかったので、普段は興味のあることを吸収して、テスト前は話しかけられないと友達に言われるくらい勉強していた。

で、色々あって、長い受験生活も終わり、晴れて大学に入ったが、そのころエンタメ・サブカルから遠ざかりすぎて、世の中の動きについていけていなかった。受験期に見ていたテレビはZIPと大河ドラマだけだった。本当に極端なまでの直列思考回路である。

 

そして大学でも友達運最強を発揮し、初めてザ少年倶楽部を見た。第二の運命の出会いである。

今も第二の運命の出会いにはじまったジャニーズブームは続いている。

一回目の運命の出会いと大きく違うのは、その時好きだったのは「嵐」だったということである。嵐がジャニーズ事務所に所属していることを意識するのはカウコンくらいだった。嵐というグループがいわゆるジャニーズの伝統的な道とは違う、メディア路線のグループだったというのも原因の一つだと思う。他のジャニーズのグループのことは全然知らなかったし、ジュニアなんて視界にも入っていなかった。(ごめん)

第二の運命の出会いで出会ったのが、A.B.C-Zだった。そのせいで、どんどんジャニーズという伝統にはまっていった。今もはまっている。これは多分さかのぼりきれないし、更新され続けていくので、多分一生たどり着くことはできないと思う。

第二の運命の出会いはもう3年くらい前のことで、自分である程度お金を稼げていることもあり、中学生の時のお茶の間担レベルの応援からは各段にステップアップした。大学生だから、平日割と自由に時間を確保できることも大きかったと思う。

その結果、担降りを宣言したり、自担が週刊誌に載ったり、色々した。ヲタってまだまだ色々できることあったんだなぁとしみじみしている。楽しい。

今は自担を愛でつつ、とにかくブームの去就が激しい熱しやすく冷めやすい性格のせいで、ほぼDDと化している。降りたり上がったりしている。浮気相手いっぱいいるけど、好きなものが多い方が人生楽しいし、自担もファンも完璧じゃなくたっていいじゃないかという持論の元、楽しく毎日をがんばれている。ここらへんは今後書いていきたい。あいも変わらずジャニーズ以外にも浮気したりもしている。

 

今更なんでこんなに自分を語りだしたかというと、自己分析するために色々書いているうちに自分で思っていたよりジャニーズが私に教えてくれたことっていうのはいっぱいあったんだなと気が付いて、ふと形に残してみたいと思ったからである。大切なことはすべてジャニーズが教えてくれた。

わたしが自由にヲタをやれるのは今年が最後かもしれない。どこに就職するかによるけど、今ほど平日に自由な時間なんて取れないだろうし、いつまでヲタを続けていいのかわからない。幕の引き方はわからないけど、それに向けて気持ちを整理するつもりで書いてみた。

目標は女子ドル界の二大推しメンだったみるきーNMB)とななみん(乃木坂)のように美しく去ることである。